初代はたけしだった?ブラックデビル誕生秘話とさんま代役抜擢の真相
1980年代の土曜8時、日本中のお茶の間を熱狂の渦に巻き込んだ伝説のバラエティ番組『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)。その看板コーナー「THE TAKECHAN MAN(タケちゃんマン)」において、主人公タケちゃんマンの宿敵として圧倒的な存在感を放った怪人が、明石家さんま演じる「ブラックデビル」です。真っ黒な全身タイツに尖った耳、奇怪な笑い声を響かせる姿は、今なお昭和テレビカルチャーの象徴として語り継がれています。
しかし、この希代の怪人ブラックデビルは、最初から明石家さんまのために用意されたキャラクターではありませんでした。実は「初代」を演じたのはビートたけし本人であり、さんまへの交代劇の裏には突発的なアクシデントと、制作陣による一世一代の賭けが隠されていました。放送から40年以上が経過した現在も色褪せない、怪人ブラックデビル誕生の深層と知られざる裏話に迫ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ブラックデビルの初代はビートたけしであり、タケちゃんマンとの一人二役という設定でスタートしていた。
- 要点2:交代の真相はたけしの草野球での骨折事故であり、急遽代役に指名された明石家さんまのアドリブが怪人を覚醒させた。
- 要点3:ブラックデビルの大ヒットが後の「アミダばばあ」「知っとるケ」へと繋がり、さんまの国民的タレント化を決定づけた。
【衝撃の事実】初代ブラックデビルはビートたけしだった!誕生の舞台裏
今でこそ「ブラックデビル=明石家さんま」というイメージが完全に定着していますが、記念すべき第1回目の登場シーンで黒いマスクを被っていたのは初代ビートたけしでした。
1981年10月、TBSの絶対王者『8時だョ!全員集合』に対抗すべく本格始動した「タケちゃんマン」コーナー。当初の基本プロットは、「普段は冴えない男がタケちゃんマンに変身して悪を倒すが、実はその敵である怪人ブラックデビルも同じ男の裏の顔だった」というジキルとハイドのようなアイロニーを含んだ設定でした。そのため、ビートたけし自らがタケちゃんマンと敵怪人の一人二役を演じる構成でスタートを切ったのです。
第1話の収録では、たけしがブラックデビルの衣装を身にまとい、独特の不気味さを漂わせながらアクションをこなしていました。しかし、一人二役での立ち回りは肉体的・演出的な制約が極めて大きく、コーナーの方向性を模索する中で、制作陣は早くも次の一手を迫られることになります。
【交代理由の真相】ビートたけしの骨折事故と明石家さんまへの緊急リリーフ
番組スタートから間もない1982年1月、制作現場を揺るがす予期せぬ緊急事態が発生します。座長であるビートたけしがプライベートの草野球の試合中に右足のスネを骨折する重傷を負ってしまったのです。
全治数ヶ月の診断を受け、激しいアクションはおろか自力で立つことすらままならない状況に陥ったたけし。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった『全員集合』との熾烈な視聴率戦争の真っ只中にあり、看板コーナーの休止は番組の死活問題でした。そこで立ち上がったのが、構成作家の高田文夫氏をはじめとするひょうきん族のブレイン陣です。
「たけしが動けないなら、タケちゃんマンは座らせたまま神様として登場させ、敵役を別の誰かに任せて戦わせよう」――。この窮余の策から急遽白羽の矢が立ったのが、当時関西から本格進出し頭角を現しつつあった明石家さんまでした。代役としてブラックデビルのスーツを渡されたさんまは、たけしの代打という極度のプレッシャーを跳ね除け、持ち前のお笑いセンスを全開にしてスタジオへと飛び出していきました。怪我という不慮の事故が、図らずもテレビ史に残る大化けの引き金を引くことになったのです。
【決め台詞と名場面】「くッ、くッ、黒鳥の湖!」アドリブが生んだ伝説
急遽ブラックデビルを引き継いだ明石家さんまは、たけしが演じた不気味な怪人像を完全に解体し、ハイテンションかつ饒舌なキャラクターへと再定義しました。その真骨頂となったのが、数々の強烈なギャグと予測不能のアドリブです。
怪鳥のように両手を羽ばたかせながら放つ「ウェッ、ウェッ、ウェッ」という耳障りな甲高い笑い声、そしてバレエのステップを踏みながら叫ぶ「くッ、くッ、黒鳥の湖(こくちょうのみずうみ)!」という決め台詞は、瞬く間にお茶の間の子供たちの間で社会現象となりました。「知ーらぬー顔してー夕陽が沈むー」とムード歌謡を口ずさみながらタケちゃんマンを挑発する姿など、台本にはないさんま独自のリズムがキャラクターに命を吹き込んだのです。
ギプス姿で動けないたけし扮するタケちゃんマンに対し、軽快に動き回るさんまのブラックデビルが容赦ない言葉責めとナンセンスなギャグを浴びせる構図は、それまでのヒーロー番組の文脈を完全に破壊。予定調和を嫌う『ひょうきん族』ならではのライブ感を生み出し、視聴率は劇的な急上昇を記録しました。
【怪人進化論】ブラックデビルから「アミダばばあ」「知っとるケ」へ至る軌跡
ブラックデビルの爆発的ヒットによって、番組内には「タケちゃんマンの対戦相手=明石家さんまが演じる新怪人」という黄金のフォーマットが確立されました。ブラックデビルが劇的な最期を迎えた後も、さんまは次々と伝説的なキャラクターを創出していきます。
桑田佳祐が作詞作曲を手掛けたテーマソングでも話題をさらった「アミダばばあ」は、貧相な老婆の姿で視聴者の悩みをアミダくじで解決しようとする不条理な怪人として大ブレイク。さらにその後、全身タイツに巨大なハエの羽を背負い「今年で二十歳(はたち)になりました!」と叫ぶ「知っとるケ」へと進化を遂げました。
これらのキャラクターに共通していたのは、卓越したトーク力と、どんな無茶振りも笑いに変えるタフなアドリブ力です。ブラックデビルという試練の場で鍛え上げられたさんまの怪人芸は、単なる着ぐるみコントの枠を超え、彼自身を「お笑い怪獣」へと押し上げる揺るぎない土台となったのです。
【80年代裏話】タケちゃんマンvsブラックデビル!高田文夫が明かした熱量
当時のフジテレビスタジオは、まさに戦場のような熱気に包まれていました。現場を支えた構成作家の高田文夫氏は、後年の回顧録やメディア取材において「当時のひょうきん族に緻密な台本など存在しなかった」と語っています。
台本に書かれていたのは最低限の状況設定と大まかな展開のみ。スタジオに入ったビートたけしと明石家さんまの二大巨頭が、互いの出方を伺いながらその場で丁々発止のフリートークを繰り広げ、予定時間を大幅にオーバーしながら笑いを紡ぎ出していました。
リハーサルとは全く異なるボケを仕掛けるさんまに対し、たけしが鋭利なツッコミで応酬する様は、まさに80年代テレビ界の狂気と才能の衝突。スタッフの笑い声がそのままオンエアに乗るアナーキーな演出スタイルも含め、ブラックデビルを巡る攻防戦は、テレビが最も自由でエネルギーに満ちていた時代の象徴として今も燦然と輝いています。
【ブラックデビルと明石家さんま】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ブラックデビルは最終回でどうやって倒されたのですか?
A1:1982年12月の放送回において、タケちゃんマンとの激闘の末、タケちゃんマンの光線を受けて巨大な黒い鳥へと姿を変え、宇宙へと飛び去っていくというシュールな結末で退場しました。その後、翌週からは新怪人「アミダばばあ」が登場しています。
Q2:ビートたけしが怪我をしなかったら、さんまのブラックデビルは生まれなかった?
A2:その可能性は極めて高いとされています。当初はたけしの一人二役を前提としたキャラクターだったため、草野球での骨折というアクシデントがなければ、さんまに役が回ることはなく、後の怪人シリーズの展開も大きく異なっていたと考えられています。
Q3:ブラックデビルのコスチュームはどこから調達されたものですか?
A3:当時のフジテレビの衣装部屋にあった既存の黒タイツやマント、パーティー用の悪魔マスクを組み合わせて急造されたものです。低予算と突貫工事の中から生まれたチープなビジュアルが、逆にさんまの個性的なキャラクターと見事に融合しました。
まとめ:昭和から受け継がれる「ハプニングを笑いに変える」精神
明石家さんまが演じたブラックデビルは、主役の負傷という絶体絶命のピンチを現場の機転と圧倒的な芸量で乗り越えた、テレビ史に残る「奇跡の代打ホームラン」でした。初代ビートたけしの重厚な存在感から、さんまの軽妙洒脱なマシーンガントークへの鮮やかなシフトチェンジは、『オレたちひょうきん族』を金字塔へと押し上げる最大の転換点となりました。
予定調和を軽やかに裏切り、突発的なアクシデントすらも至高のエンターテインメントへと昇華させてしまうダイナミズム。ブラックデビルが見せたそのプリミティブな笑いのパワーは、デジタル時代を迎えた現在においても、私たちを魅了してやまないバラエティ番組の本質を雄弁に物語っています。 (出典: ブラック デビル さんま(Yahoo!ニュース))